お月さまいくつ

オタクの日記

『美しき獣』レビュー/吸血鬼による道徳の時間

 
美しき獣

 

 「文明というのは道徳規範により成立しているのだとね。それを破った者は罰せられるんだ。人間は今でも破る。しかし大抵の場合このような規範は彼らに人間性の尊さを植えつけた。人間にとって思いやりを育むことは、卑しい衝動と同様本質的なものなのさ」

 

吸血鬼のジュナは人里離れた豪邸でひとりで暮らしている。夜は翻訳家として働き、朝日が昇る前には眠り、眠っている間は雇ったメイドに家事を頼んでいる。そんなある日、だいぶ日も落ちきった頃に彼女はビデオレンタルショップへと出向き、パオロという男性に出会う。ふたりは一目で激しく惹かれあい、結ばれたいと願う。しかし吸血鬼であるジュナは、パオロを目の前にすると吸血鬼の本能を抑えることが出来なかった。それを知ったパオロは戸惑うものの、自分の身を捧げるように彼女を愛した。自分もジュナと同じ吸血鬼になることを決意したのだ。ジュナは荒々しい形相でパオロの首へと噛みついた。

 

 

 

美しき獣

 

今作は吸血鬼の物語である。よくある吸血鬼と人間、血族内でのもめごとがストーリーではなく、吸血鬼たちの日常を描いた映画と言ってもいい。というのも今作はストーリーが浅く、感じるほどのスリルがない。悪いことが起こるものの、登場人物の感情を深く掘り下げることが出来ず、「小耳にはさんだ程度」の映画で終わってしまう。噂話を聞いて、「へえ、そうなんだね。残念な話だね」程度の感情(感想)しか湧かない。

 

 

美しき獣

 

パオロが吸血鬼になってからというもの、ジュナとパオロは2人で慎ましく暮らすのだが、同じ吸血鬼であるジュナの妹ミミが家へとやってきたことでその”悪いこと”が起きる。と言ってもそう壮大なことではなく、彼女がまだ若くやんちゃであるがゆえに、ジュナが頭を痛める、といったとても家庭的な内容なのだ。「1週間だけ家に泊めて」とジュナの家へとやってきたミミに、ジュナは酷くナーバスになる。それは気紛れで不安定で道徳心のない行いをするミミが、過去にジュナの幸せを邪魔したことがあるからだ。そういったことを示唆するシーンがいくつかあるのだが、今作はストーリーを放り投げるだけ放り投げて粗末に扱う。「ミミのジュナにたいする執着」を描けば、もっと艶やかになっただろうに。”やんちゃをする子”というのは、大抵やんちゃをするだけの理由がある。殺人鬼だって、惨めな幼少期というものがあって愛を歪ませるのだ。オチに「ミミ」を選んだ以上、制作者は彼女のキャラクターにもっと愛を捧げるべきだと思った。どんなB級映画にだって、製作者の愛があるのに。これを撮影した監督は、キャラクターに愛がない。個人的に、とても最低なことだと思う。

 

オチにミミを選んだとはいったが、原題が『Kis of the Damned』なので、吸血鬼の特徴のひとつである「人の血を吸う」ということが少し野蛮であることのように描かれた世界で、人の血を吸うという決断が、吸血鬼自身が道徳的観念を持っているかどうかで幸にも不幸にも繋がるんだ、ということを描きたかったのかな?と思ったけれど、それにしても、ううん。

 

ただ、優雅に暮らす吸血鬼のパオロとジュナが見られたのは良かった。なんの変哲もない毎日を過ごす2人だ。仕事をし、食事をし、パーティーへ出かける。美しい2人だけにうっとりする。悪い事など望まず、慎重に生きるジュナが私は好きだ。今作はストーリー重視ではなく、美しい吸血鬼たちを眺めていられる映画だと思えば、無駄な時間を過ごさずにすむのではないだろうかと思う。

 

 

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