お月さまいくつ

オタクの日記

天才と凡人の違いってなに?『フランク -Frank-』

 

フランク -Frank-

 

Lenny Abrahamson 『Frank』 (2014)

 

 

 

評価:☆☆☆

 

深読みするのが良い時と、馬鹿みたいになる時があるけど、力抜きたい。

すごく真面目に見てたけど、これってコメディ映画なのかぁ。

 

 

 

 

あらすじ

 

普段からひとりで作曲に勤しんでいたジョン・バロウズは、あることをきっかけにフランクという被り物を被った男の率いる変わり者の集うバンドのキーボードとして加入する。

 

 

 

感想

 

被り物の中の俳優が誰だとか情報なしに観たかった。

 

なにが正しいのか分からないけど、映画の終わりはみんながあるべきところに納まったと思った。愛されたいと思うことは間違いじゃないけれど、愛されるために自分を変えてしまえば今度は自分を自分で愛せなくなる。

フランクの被り物は映画の宣伝としてとても目を惹くものだけど、映画を観はじめれば「被り物を被った男」というのはさほど変わり者でもない。劇中のセリフのようにバンドの中では「誰よりもまとも」だった。彼がなぜ被り物をしているのか、ということは主題ではない。

ソロンフォルブスの人間は、ただ正直なだけだ。自分たちのやりたいことが分かっているし、それをフランクの才能がひとつの形として作り上げようとしている。

そして結局、ジョンも自分に正直なだけだったのかもしれない。彼のやりたかったことは、自分の曲を作り上げステージに立つこと。たくさんのファンに愛されること。故意にとは言わなくても、それを彼はバンドの崩壊を利用して行ってしまう。

 

 

 

 

才能のない虚しさ

 

ジョンは自分のやりたかったことをやるべきだと言ったけど、彼には才能がない。才能がないという描かれ方をしている。

わたしにはあまり彼の気持ちが理解できない。好きなことがやれれば、それ以外は何もいらないと思うから。自分を変えて他人に調子を合わせることが、後々自分を苦しめると経験済みだし、理解していることだから。

 

ジョンは初めてソロンフォルブスでライブをした時嬉しそうな顔をする。誰かと一緒になって曲を合わせることに熱を感じ、胸が躍ったのだろう。その正直な反応を見て、わたしたちも胸が躍るのだ。彼はその熱を忘れなければ良かったのに。

テキサスでの演奏を前に、彼はネットでポップスの方がウケルと知り、作った曲をコンテストのために編曲しようと言う。初めての演奏の時のようにバンドの仲間と熱を感じるより、客に愛される自分を求める。

スタンバイをする演奏前のフランクとジョンを観ていた時は、どうか事が上手く運びますようにと願った。でも、ステージに立ったジョンが自分の曲を演奏し始めた時、心からガッカリしてしまった。それがフランクの言う「つまらない曲」だったからだ。悲しいけれど、どうしようもなく滑稽に見えた。つまならない曲を目の前にぶっ倒れるフランクには笑ってしまった。

 

 

 

  

フランクとジョン

 

皮肉にも、フランクとジョンの求めていることは似ていた。

彼らはたくさんの人たちから愛されたいと願っていた。いつか誰かが自分たちのことを見つけてくれるだろうと希望を持っていた。ひとつ違いがあるとすれば、それは才能だけだった。

ここでいう才能というのは、自分が何をしたいのか分かっていることだと思う。自分が何をやりたくて、何をすべきで、どこへ向かいたいのか。そして、それらをやり続けられること。自分自身が分かっているからこそ出来ることだ。

凡人はきっと他の誰かになりたいと願い、そして才能ある人間を前に心が折れてしまう。だって自分のことを見失っているから。

 

 

 

 

I Love You All

 

エンドでフランクが歌った曲。今作品の言いたいことがこの歌につまってるんじゃないかな。美しくてすごく好きだ。

 



 

トイレは臭い 掃除が必要だ

すえたタバコと尿の匂い

みんな 愛してる

 

放浪息子は戻る

ビリヤードで遊ぶ場所へ

みんな愛してる

 

 

 変わらずとも、あなたを愛してくれる人はいる。

変わらないあなたが好き。

そういうふうにわたしは受け取った。